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【気重】もっと気楽に生きようとしたけどできなかった

こんにちは。ねぎ坊です。
いつも見てくださって、ありがとうございます。

 

気楽に生きられるか、それとも緊張と不安の中生きるのか、本人の考え方次第と言いますが、できることなら力の限り気楽に生きてきたかったですね。

なぜだかそう考えることができず、人にも自分にもただ厳しいだけのガチガチ思考人間、気重人間としてこれまで歩んできました。

 

もっと気楽に生きるには、どのようにすればよかったのでしょうか。

どうせ失敗だらけの人生なら、苦しみながらより、気楽に生きて大失敗したほうがいさぎいいってものです(笑)

 

 

なぜ気重に生きてきたのか

自分でそうしているから

幼少期からルールを守らなければならないという観念が強く、行動を縛っていました。

しかも自分だけでなく他人にもそれを強要してしまうおかげで、周りからは嫌われてばかり。

しかもルールを守れなかった度に自分を責めたり、ルールを気にするばかりで勉強もスポーツもなにもうまくいきませんでした。

 

また人目を気にするあまり失敗することに対しての恐怖心も強く、自分の思ったとおり行動することを自分で抑制していました。

気楽に生きるのとは真逆の精神ですね。気重です。

 

気重じゃなく気楽に生きたい

他人と比較しまくる

何かにつけて自分と他人を比較していました。自分も頑張ろうとかモチベーションにするならまだしも、妬んだり自分を卑下するばかりで、自信をどんどん無くしていっていました。別に誰も何もしていないのにです。

自分ひとりで苦しんで、一体何と戦ってるんだよと。

 

自分を尊重できない

他人から良く見られたい、良い人だと思われたいという気持ちから自分の意見を持てず、結果嫌われてばかりいましたね。

はっきりと断れなかったり、他人に流されてばかりなのは、自分で責任を取らない、相手にとっても失礼な態度であるとなかなか気付くことができませんでした。

自分の意見を主張することは、恥ずかしいことくらいに思ってました。

 

何とかなると考えれない

いつも「こうなったらどうしよう」とか「自分が責任を追及されるかも」という気持ちから、目の前のことに対し逃げ腰になることがよくありました。

まだ起こっていない未来のことを心配して、保険をかけることや自分を守ることに必死で、何とかなるとは考えられませんでした。

 

ひたすら我慢

自分が我慢することが、相手のことを尊重することだと思い込んでました。本当は自分が責任を取りたくなく、傷つくのが怖かっただけなんですよね。

自分をないがしろにして、知らず知らずストレスを溜めていたんだと思います。

もはやそれが当たり前になってしまって、なぜうまくいかないことばかりなのかと苦しんでいました。

 

見返りを求めてばかり

誰かのことを気にし過ぎるというのは、やはり何らかの見返りを求めていたのでしょう。良い人に見られたかったり、感謝されたいというような。

誰かに喜んで欲しいよりも、この感情が強かったと思いますね。

 

まとめ(もっと気楽に生きる)

気楽に生きてこれなかった原因は十分すぎるほどありましたが、一番の気重の要因はやはり「人目を気にし過ぎる」ということではないかと思います。

自分は自分という心をうまく育ててこれなかったことが、気楽に生きられない原因だと思います。

 

ぜひ人目を気にせず、失敗を恐れずに「なんとかなるさ」と気楽に生きていきたいですね。オレたちひょうきん族のように。

 

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