世界一自分に優しい授業

自分に優しく夢を叶える、幸せの引き寄せ。楽しく充実した日々を送るための方法など。


嫌なことも当たり前に我慢してやるものだ、だってそれが【仕事】なのだから

長かった3日間の大阪出張も終わり、本陣である福岡へ無事に戻ってきた。

出張から家に戻る際、スイーツのお土産が我が家のお約束だ。

嫁は子ども達よりも、このお土産を楽しみにしている。

 

さて、昨日は正義感に燃える【熱い漢(おとこ)】について記した。

 

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 彼との話の中で、自分の正義を認めて欲しい、理解して欲しいという欲求が露骨に感じ取れたのであるが、これは彼だけに限ったことではなく、僕自身の中にも確かに存在する。

辛かったこと、大変だったことを誰かに分かってもらいたい。

努力したことを認めてもらいたい。

この感情だ。

 

しかし、その欲求が強く、空回りしているときは決まって相手の反応としては

「へえー、そうなんだね」とか「ああ、その話ね、聞いた聞いた」

といった薄っいリアクションの場合が多く、どうにも消化不良となってしまう。

そういう経験はないだろうか。

 

まずなぜ、その辛かったこと、大変だったことを誰かに分かってもらいたいのだろうか。

その欲求が出る瞬間、場合によっては同じ話を何度もしてしまう時、決まって自分の意にそぐわないことをしている、つまり嫌なことを我慢してした場合ではないかと思う。

 

ー納得いかないけど、他に誰もしないから自分がやったんです。自分の仕事ではなかったけど。

ー嫌だったけど、会社のためだと思って頑張ったんです。自分にメリットはなかったけど。

etc・・・

 

これらは、自分の中には深く残るものの、関係ない人間にとっては、

「え、でも自分からやったんでしょう?(命令されたわけでもないのに)」

と、そんな感じだ。

 

だが常日頃から【仕事】とは「嫌なことも当たり前に我慢してやるものだ、だってそれが【仕事】なのだから」とインプットされているサラリーマンにとって、反射的に動いてしまったり、誰かに言うよりも自分でやったほうが早いからやっちゃおう、と考えたりする場合もあるだろう。

 

今の会社での【仕事】とはどういうものかなど知らないし、知りたくもないが、自分の意にそぐわないことをして心に『しこり』が残っているのは、この空回りする感情から見るに明らかだ。

 

そんな消化不良の心を穴埋めすることに奔走していては、本来やるべきことに支障をきたしてしまう。時間の無駄だ。

 

 

だからといって職務上やりたいことだけやって、やりたくないことは一切やらないというわけには行かない。

 

ただほんの一瞬、その業務に取り掛かる前に

「これは本当に自分のやりたいことだろうか、やるべきことだろうか」と自分に問いかけ、意図すること(私はこうする!)を自分の中ではっきりと決めることが重要だ。

 

読んでいただいてありがとうございます。