世界一自分に優しい授業

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【国家資格】の不合格が『人生の分岐点』となった。

現在、建設業の現場監督の仕事をしている。

この仕事を始めて、10年が経過した。

 

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 転機が訪れたのは、ちょうど1年前になる。

それまでの僕は社内の身近にいる人、同僚や上司、ほとんどの人から嫌われていた。

なぜこんなに頑張っているのに、自分ばかりがこんな仕打ちを受けるのかと、僕も周りの人を憎み、会社を憎んでいた。

 

3年間、同じ現場の担当を継続した。過酷な現場だった。

2年目の終わり、耐え切れず現場を交代してもらえるよう、部長に申し出た。

というのも、通常担当はローテーションが慣例で、不公平感が出ないよう配慮される。

客先の要求基準が高く、長時間労働に忙殺されるうえ、手当が一切つかないこの現場が、まさか3年も同じ人間が担当するなど、通常考えられなかった。

 

僕の申し出に部長は首を縦に振ってくれた。

お前の申し出はもっともだ。大変なのは分かっている。皆ローテーションしているので、3年目は交代となるとのことだった。

ほっとした。

というのも、その前に4年間、同様の現場の担当を継続したのだ。もううんざりだった。同じ失敗を繰り返さぬよう、はっきりと意思表示はした。

仕事のストレスから家族に当たってしまったり、毎晩酒を飲まないと明日の仕事の事が不安で眠ることができなかった。ひどいものだった。

だが、3年目は別のところにいけるのだ。部長が約束してくれたのだ。大丈夫だ。

そう思っていた。

 

しかし、どうも不穏な影が漂いはじめた。交代要員がいないのだ。

予定では皆その時期は他の現場についている。おかしい。

不安になった僕は、約一ヶ月間毎朝出社前に神社に参拝することにした。

そうさせるくらい、その現場に行くのが苦痛だった。刻一刻と時期は迫っていた。

 

そして担当が決まり、準備に取り掛かる時期となった。

担当は僕だった。

 

目の前が真っ暗になった。

 

周りの皆が笑っているように見えた。

「あいつ、またあそこかよ。ツイてないな。」と。

 

何も言えなかった。

部長は約束を反故にしたと思った。人員配置の関係で致し方ない采配であったかもしれない。

しかし、何の言葉も無かった。

 

もう覚悟するしかなかった。またあの地獄の日々が、少なくとも半年以上続くと考えたら辛かった。もう神頼みはしないと誓った。

 

予想したとおり、というか毎回だったがその年の工事も過酷なものとなったのだが、3年間のうち、サブでついた監督員(後輩)のうち1名は退職、2名は欠勤という名の逃亡という燦燦たるものだった。現場の過酷さから、彼らに対し厳しい言葉が何度か出てしまったことは事実だ。それに原因の一端があることは否定できない。

もちろん、その責任は現場の正責任者である自分にあると会社は判断し、部長から厳しい叱責と追求を受けた。限界だった。

 

 

 同じ時、会社命令で国家資格の取得を求められていた。

業務後、学校へ週2回通い、帰り着くのは深夜だ。昼間は激務、夜勉強して酒を飲んで寝るの繰り返しだったが、結果が欲しかった。

 

周りの人を憎み、周りの人から嫌われていた僕は国家資格という結果が欲しかったのだ。

結果さえ出せば、どれだけ人から嫌われようが関係ない。会社は僕を認めざるを得なくなる。そして、存在意義を会社に示せると思ったのだ。

 

我武者羅に勉強した。経験記述の内容は全てデタラメだった。受かるためなら嘘だろうと何だろうと構うものか。皆をあっと言わせたかった。

 

そして、3年目のその現場が終わる頃、試験の結果が発表された。

正直自信はあった。過酷を極めた工事は終わり、更に国家資格も得られると思っていた。よくやったと褒めてもらえると信じていた。

 

結果は不合格だった。

 

ショックだった。

 

 職場の皆から嫌われ、会社が数十万円の費用を負担してくれた学校にまで通っておきながら、その結果すら得ることができなかったのだ。救いようがなかった。心の持って行き場が見当たらなかった。

 

このままでは駄目だと痛烈に感じた。

 

そして、自分自身をあらためかえる取り組みを始め、今にいたる。

 この経験がなければ、今の自分はなかったと断言できる。

もちろん良い思い出ではないのだが、これくらいのショック療法でもなければ現実世界にドップリと毒されていた自分自身を変えよう、変わろうとは思わなかっただろう。

 

今、社内を含め僕の周りに僕の嫌いな人はいない。誰かを憎むのはやめた。

当時僕を嫌いだった人達との関係は驚くほど改善した。

 

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当時参拝した神社にも、無事故無災害で工事が完遂できたことのお礼の参拝をさせていただいた。

 

大切な家族、大切な仲間、そして何より一番大切な自分自身に気づくことができた僕はとてもラッキーだ。今はそう思える。

 

 

読んでいただいてありがとうございます。