日本一優しい男の『安心』シェアミーティング

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【偽善】?上等だ。

大学時代、僕のあだ名は【偽善者】だった。

 

同じゼミの人間は、僕の善意を【偽善】といった。

 

善意とは何だろうか。僕の彼らに対する感情としては、傷つけられたくないといった恐れの感情があったかもしれない。彼らを憎んだことはない。彼らに合わせ、彼らと群れることがコミュニケーションだと思っていた。

しかし、本心は彼らと同調することを望んでいなかったのかもしれない。自分を偽って彼らに無理やり自分を合わせていたのを彼らは見抜いていたのだ。大したものだ。

 

ただ彼らの力になりたかったのは事実だった。彼らに協力したかった。そして喜びを共に分かち合いたかった。純粋な思いとエゴは紙一重なのかもしれない。彼らにとっては余計なお世話であり、僕の助けなど必要としていなかった。彼らの目には僕はこびているように映ったのだろう。逆に僕の目には彼らは好き放題やっているように映っていた。

 

結局、他人の目にどう映ろうがそんなことはどうでもいい。肝心なのは自分の信念に基づいて行動しているかどうかなのだ。誰かに嫌われたくない、傷つけたくないというのは保身からきている感情で、相手を思ってのものとは異なる。

 

自分がやりたいことをやるべきなのだ。そして、自分がやりたくないことは、キッパリと断るべきなのだ。自分すら大切にできないのに、自分以外の誰かを大切にすることなど到底できはしない。

 

それが時に【偽善】だと言われたとしてもだ。【偽善】?上等だ。

 

読んでいただいてありがとうございます。