世界一自分に優しい授業

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大学卒業後、入社した飲食チェーン店での話

今から15年前。僕は大学を卒業して最初に就職したのは、飲食チェーン店を全国展開する企業だった。大学時、建築を専攻していた僕はお店を出店していくのに建築の知識が必要となるとの説明を受け、製造工場の見学を経て内定をいただいた。

入社式前日、極度の緊張からかなかなか寝付けず、当日 移動時間配分をミスって入社式に遅刻し、入社早々怒られてしまう。

入社直後から近くの直営店舗に配属され、接客、調理、様々な店舗管理業務を研修として指導を受けることになるわけだが、大学時代 課題に明け暮れていた僕はアルバイト経験などほとんどなく、全てが初体験。お金を触ることすらぎこちなかった。

しかし慣れとはすごいもので体育会系の指導にもめげずにそれなりに仕事をこなしていたのだ。全国にチェーン展開しているため、一定時期に配属店舗の異動(転勤)が言い渡され、実に一年間に4県を跨ぐことになる。住居はというと、社員寮併設の店が多く、先輩や上司との共同生活となる。勤務時間帯は店舗の営業時間によっても異なるが、朝9時くらいから夜中の0時迄(もちろん休憩は勤務時間内に数時間ある)。週一の休み以外は、起きて仕事して寝ての繰り返し。プライベートな時間は皆無だった。

何より拘束時間が長く、四六時中店の中にいるため、店の外が晴れてるのか雨なのか、暑いのか寒いのか全く分からず、今世の中で何が起きているかを知るすべは、アルバイトの子たちとの短い会話の中にしかなった。ニュースや新聞を見る暇はなかった。休憩時間はただ眠りたかった。

そして一年後、店舗での仕事は終わり、僕は本社に呼ばれ運営管理業務に携わることになる。この店を転々とした一年、たかだか一年なのだが、大卒すぐの僕とって環境のギャップは大きかった。前半は覚えることに必死だったが、後半はかなり荒んでしまっていた。プライベートな時間のなかった僕が唯一楽しめたのは、アルバイトの子たちとの会話であった。年齢もあり、高校生の子たちとの会話は弾んだ。学校での出来事や友達との関係など、仕事自体も一緒に楽しくしているつもりだった。

しかし、僕の心の疲弊や慢心からだろう。ある日を境にその子ら全員からひどく嫌われることとなる。意識はすぐさま伝染し、高校生である彼らの嫌悪感はあけすけで容赦なかった。上司である店長はそんなことには無関心。精神的な不安定さからミスが重なり、周りからもかなり信頼を失っていたのだが、入社してちょうど一年後の4月、なぜか本社への配属が決まった。僕の後任には、アルバイト上がりの二十歳の子がやってきた。アルバイトから社員になり、自信満々の彼は僕を完全に見下し、引継ぎ時もかなりひどい態度だったが、正直もう勝手にしてくれという思いで、逃げるようにしてその店を後にした。

 

立場上、管理する側の社員が複数人のアルバイトから嫌われたりすることはよくある話なのかもしれない。僕が彼らをどう思おうが、仕事上指導せねばならないときはあるし、上司や会社の方針もある。しかし本当にあるときまで大好きで楽しく仕事をしていた彼らを何らかの形で深く傷付け、全員を敵にしてしまったことは自分の不徳の致すところであったと思う。彼ら一人一人に、そして自分自身にも正面から向き合えず、どこか違うところばかりを見つめて不足感をいだいていた、そんな時期だった。